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【長文】MJからのメッセージ/その1

 2009-12-08
マイミクよっくもっくんさんの日記で
カミュさんという方の日記が紹介されていました。
のぞいてみると、そこにはマイケル・ジャクソンの講演での記録が。
非常に感動しましたのでご紹介します^^

********


「マイケル・ジャクソンのオックスフォード大学での講演」


(一部抜粋ですが、かなりの長文です)


001.jpg
(画像のリンク先はこちら)



神の恵みによって、幸運にも、わたしは人生の早い時期にアーティストとして、
プロとしてのたくさんの夢をかなえることができました。

しかし皆さん、このような実績だけで、自分自身を語ることはできません。

5歳の少年は観客の前で『ロッキン・ロビン』や『ベンのテーマ』を元気に歌っていましたが、
実際、笑顔の裏側にある少年の本当の心を表してはいなかったのです。

今夜わたしは、ポップの聖像(この意味はともかく)としてでなく、
同世代、つまりもう子どもではない世代の聖像として、ここに立っています。

私たちはみな、幼児期の産物です。

子ども時代は、人格形成に大きく影響します。

でも、わたしにはすばらしい子ども時代はありませんでした。

両親や周りの大人からの愛情を一身に浴び、最大の心配事といえば月曜日の朝のスペリングテストしかないような、夢中になって遊べるはずの貴重な時期を過ごさずに来てしまいました。

ジャクソン・ファイブをご存じの方は、わたしが若干5歳という年齢でデビューしたことをご存じでしょう。

それ以来、歌い、踊り続けています。

ステージに立っている時や音楽を作り出している時は確かに大きな喜びで満たされていましたが、小さいころのわたしはそれよりも何よりも普通の少年でいたかったのです。

木の上に家を作ったり、水風船をぶつけっこしたり、友だちとかくれんぼしたりしたかったのです。

でも、これはわたしの運命で、周りで遊んでいる子どもたちの笑い声をうらやむことしかできませんでした。

……

みなさんの同情を買うために、この話をしたのではありません。

わたしが言いたいのは、子どもらしくない幼児期を過ごしているのは、
ハリウッドの子役たちだけではないということです。

今日、それは世界共通の不幸であり、世界的規模の悲劇です。

現代では、子ども時代が悲惨な状況になってきているのです。

喜びを感じたことのない、権利を与えられない、自由を許されない、子どもらしさを知らないたくさんの子どもたちが生み出されているのです。

今日、子どもたちは早く大人になることを求められます。子ども時代と言われるこの期間がつらい段階であるかのように我慢し、できるだけ速やかに通過することを求められます。

この点に関しては、わたしも専門家と名乗れるくらいの経験があります。

わたしたちは、親子関係の断絶を目の当たりに見てきた世代です。心理学者は、無償の愛を与えられない子どもたちがどうなるのかを扱った多数の本を出しています。

無償の愛を注がれず、放っておかれるために、実に多くの子どもたちが、
自らの力だけで成長していかなくてはならないのです。

かつて世代間を結びつけた強力なのりがはがれるように、愛を与えられない子どもたちは、両親、祖父母、ほかの家族たちから距離を取りつつ成長しています。

こうして、新しい世代ーO世代と呼びましょうかーが生み出されました。O世代はX世代から、バトンを受け取りました。O世代は富も成功も、きれいな服も、かっこいい車もすべて手に入りますが、心はやるせなさで満ちた世代です。

彼らの胸の空洞、心の底に広がる荒野、中心にぽっかりあいた空間も、かつては鼓動や愛で満たされていたはずです。

そして、苦しんでいるのは子どもだけではありません。大人も同じです。

子どもの体をした小さな大人を育てようと努力すればするほど、大人の中の子どもらしさも失われていきます。大人の生活にも、子ども的な部分を必要とする場合がたくさんあるのです。

みなさん、

愛は家族にとって、最も貴重な財産であり、豊かな遺産であり、黄金の贈り物です。

世代から世代へと受け継がれていく宝です。

昔の人たちには、今わたしたちが手にしているような豊かさはなかったかもしれません。家には電気も通らず、セントラルヒーティングのない小さな家にたくさんの子どもたちがひしめきあって暮らしていたことでしょう。

しかし、家は暗くも寒くもありませんでした。愛の輝きで部屋をともし、温かい心で部屋を暖めました。富や地位という欲に毒されていない大人たちは、生活の中で子どもたちのことを最優先に考えたのです。

……

どの人も、自分が愛される対象であると実感することが、認識の土台、つまり意識のはじまりなのです。

髪の色が赤か茶色かを知る以前に、肌の色が黒か白かを知る以前に、どんな宗教に属しているかを知る以前に、自分が愛されていることを実感できなくてはならないのです。

12年ほど前、『バッド』ツアーをはじめようとしたころ、一人の少年が両親とともに、カリフォルニアの自宅を訪ねてきました。

その少年はガンのため、死期が近づいていました。わたしの音楽、そしてわたしのことがどんなに好きかを語ってくれました。

少年が長くは生きられず、今すぐにでも天国に召される可能性があることを、彼の両親から聞き、わたしは彼に言いました。

「ねえ、3 カ月後、君の住んでいるカンザスでコンサートをするよ。
見に来てほしい。さあ、ビデオで着たこのジャケットを君にあげよう」。

少年は目を輝かせて言いました。「ぼくにくれるの」。

わたしは答えました。「そうだよ。でも、ツアーの時、着てくるって約束して」。
わたしは少年を持ちこたえさせようとしていたのです。

「ツアーの時、君がこのジャケットを着て、この手袋をはめている姿を見たいんだ」。

そうわたしは言い、ラインストーンの手袋を少年にあげました。

ー以来、ラインストーンの手袋は二度と人にあげていません。

少年は今天国にいます。

おそらく、ずっと天国に近いところにいたのでしょう。

わたしがカンザスに行った時には、すでに亡くなっていました。
あの手袋とジャケットを身に付けて、葬られたそうです。

少年はちょうど10歳でした。少年が持ちこたえようとベストを尽くしたことは間違いありません。

彼が亡くなった時、両親からだけでなく、血のつながりのないわたしからも、
自分が愛されたことを実感していたことだけは確かです。

わたしは彼のことが大好きでした。愛情をいっぱいに受けたことで「自分がこの世にたった一人で現れ、たった一人で去っていったのではない……」と思っていることでしょう。

愛されている実感をもってこの世に生を受け、愛されている実感をもってこの世から去るなら、
生きている間に起こるすべてを乗り越えられるのです。

たとえ教授に中傷されたとしても、そう感じないでしょう。

上司にしいたげられようとも、へこたれないでしょう。
会社の同僚に打ち負かされたとしても、成功の喜びを感じられるでしょう。

愛情を受けて育ってきた人を、心から傷つけることはできません。

自分が愛される価値のある人間だという実感をもっているからです。

それ以外の感情はただの包み紙のようなものです。

しかし、愛された記憶がなければ、心を満たすものを求め、世界中を探し回るようになります。

どんなにお金を稼ごうとも、どんなに有名になろうとも、まだ虚しさを感じることでしょう。

本当に探し求めているのは、無償の愛、つまりは無条件に受け入れられることです。

生まれた時に、享受できなかったものなのです。

想像してみてください。

ここにアメリカの典型的な1日の特徴を示すデータがあります。
ー6人の未成年が自殺をし、12人が銃の犠牲になっていますー
いいですか、これは1日当たりの数字で、年間の数ではありません。

399人の子どもたちが薬物中毒で逮捕され、1,352人の赤ちゃんが10代の母親から産まれています。

これは歴史的に見ても非常に豊かな先進国で起きていることです。

実際アメリカでは、ほかの先進国と比較にならないほどの暴力行為が多発しています。
アメリカの若者が、心の傷や怒りを表現する方法なのです。

しかし、イギリスの若者の間に、同じ痛みや苦しみがないわけではありません。

調査によると、イギリスでは、1時間に3人の未成年者が、自虐行為ー自ら体を傷つけたり、自らやけどをしたり、薬物を過剰に服用したりーをしているそうです。

こうして彼らは、愛されない心の痛みや苦しみを乗り越えようとしているのです。

イギリスでは、1年に一度しか、家族そろって夕食をとれない家庭が20%もあるそうです。
1年にたったの一度ですよ!

……

この心の痛み、怒り、暴力行為の原因は探るまでもありません。

子どもたちは明らかに、愛してほしいと訴え、関心をもたれないことに体を震わせ、
注目してほしいと叫び声をあげているのです。

アメリカの様々な児童保護機関によると、
毎年何百万人もの子どもたちが、放っておかれるという形の虐待の犠牲になっているそうです。

放っておかれるという形の虐待。

あらゆる電化製品を完璧に備えた裕福な名声のある家庭の中で起こっています。

両親が帰宅する。 でも、本当にうちに帰ってきたのではない。

頭の中はまだ仕事場にある。じゃあ、子どもたちは?

与えられた感情のかけらで間に合わせているだけ。
そして絶え間なく流れるテレビ、コンピュータ・ゲーム、ビデオから得るものは少ない。

なぜわたしが自分の時間や財産の多くを「ヒール・ザ・キッズ」の活動をはじめるために費やすことにしたのか、おわかりでしょう。

わたしは統計の示す悲しい数字に、魂をもぎ取られ、精神を揺さぶられたのです。

私たちの活動の目標は単純です。

ー親子の絆を取り戻し、関係を修復し、地球の将来を担うすべての子どもたちの進む道を明るく照らすことなのです。

わたしは、今日初めて公に講演をしています。

みなさんに温かく受け入れられ、さらに話をしたいという気持ちになりました。

人にはそれぞれ事情があり、その意味で、統計データが独特の意味をもつこともあります。
子育てはダンスのようだと言われます。

親が足を一歩踏み出すと、子どもも足を踏み出す。

ですから、親が子どもたちのために再び愛を捧げるだけでは、まだ半分しか意味がないのです。

子どもの側にも親を再び受け入れるよう準備しなくてはならないのです。

……

ですから、自分が愛されていないと感じても親を許すよう、世界中の子どもたちに呼びかけているのです。

今日ここにいる人からはじめましょう。許してあげてください。

もう一度愛する方法を親たちに教えてあげてください。


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